interviewing nori kitamura a.k.a. DJ Daruma
interviewer : akio iida
recorded on May 17, 2007 @14:00
iida: ノリ君はどちらかというとHecticファミリーの中では一番のニューフェイスだよね?そういったところでHecticとどう関わっていったのか、あとはノリ君自身のバックグラウンドとかも聞きたいと思ってます。ちなみに、Roc Starをやる前はどういうことをやってたの?
nori: ダンスをずっとやっていたんですよ。15歳位の時にダンスブームみたいのが日本で起こって、そこにはZooがいたりとか、テレビでダンス甲子園があったりとかして、そこで僕はダンスにクラった感じです。並行してそこからHip Hopっていうものを好きになっていったんです。自分的にはHip Hopのシーンの中にいてダンスっていうアウトプットを使って表現したっていう感じだったんですね。で、高校から22、3歳ぐらいまでずっとダンスのシーンの中にいたんですけど、今振り返ると97年くらい・・・Biggieが亡くなった後くらいに、Hip Hopの音楽自体がダンスをするっていうよりは、BPMも凄いゆっくりでメローになっているのがちょっと退屈に感じてしまって。そうするとHip Hopでダンスをするっていうより、ダンスっていう表現をしたいんだったらもうちょっとイケイケな音楽の方が面白いって思うようになって・・・そんなこんなしているうちに97、98年くらいにイギリスでBig Beatムーブメントが起こって、Chemical BrothersやProdigy、それからFat Boy Slimのような、Hip Hopを消化した音楽っていうのが出て来たんです。そのカルチャーをBOBBY君っていう先輩がUKから持って帰ってきて、それまではHip Hopというジャンル自体に凝り固まっていた部分があったんだけど、Big Beatが出て来た事によって「アレッ?」ってなって。結局自分で消化してどんな形にしても「Hip Hopの魂を持っている人は、それはもうHip Hopだ」って考えるようになったら凄い視野が広がって、「アレッ? 色んな音楽結構面白いかも」って思う様になっていったんです。そっから色々なジャンルの音楽を聴くようになってきて、イギリスの何でもごちゃ混ぜにする感じが面白いってなって、で逆にアメリカ産のメインストリームのHip Hopを聴かなくなってしまった時期があったんです。だからチキチキムーブメントやDMX辺りの時とかあんまりチェックしてなくて、N.E.R.Dが出て来てまたHip Hopがヤベーってなってくるんですけど、とにかくイギリスにどんどんハマっていったんです。ハウスだったりテクノだったりって色々ある中のトランスのムーブメントが東京に一気にやって来た時期があって、そこに僕達はダンスってものを持ち込んでトランスのシーンに入って行ったんですね。そしたらそのシーンで原宿チームに会うワケなんですよ(笑)
i:ここでやっとくるワケだ(笑)
n:そうです(笑) それまで原宿のシーンをあんまり知らなくて・・・で、そのトランスのパーティーの時にいつも「オイッ!」ってちょっかい出してくれる人がいて、それがスケシンくんだったんです。トランスのパーティのフロアーで、しかも緑色のモヒカンでHip Hopダンスをしてたらスケシン君が「君凄いね、そんな髪の毛でHip Hopダンス踊るんだ?その髪型って南国の鳥入れてんの?」みたいな(笑)その時のスケシン君は、KawsのT-shirt着ててピンクのモヒカンでグローブして、スカーフとか巻いててビジュアルがスッゲーなみたいな(笑)ごちゃ混ぜにするのがヤバいってなってる時期にスケシン君のその表現方法っていうのはもう僕にとってモノ凄い衝撃で。 その後、「事務所に遊びに来れば」って言ってくれて、一回原宿に行ってみたら、「あぁ・・・こういう事が仕事になるんだ!」って思ったんです。その当時はいわゆるダンススクールっていうのをやってたんですけど、丁度トランスを聴きだしていた時で、結局ダンスなんてそこら辺で踊ってる人達がダンス出来てるから、教えるもんじゃなくて自分から出て来るものだし、結局は基本しか教えられないからスクールも辞めようってなったんです。それからスケシン君の所に来たことによって、デザインとか、自分の好きな事を追求していくっていうのが仕事になるんだっていうのを肌で感じて、まずコンピューターを買おうと思って、借金してマックを買ってそれからしばらくスケシン君に質問しながらマックでイラストレーターとかフォトショップとかを覚えていきました。トランスのムーブメントもまだ引き続いていて、一番熱い時期が2年間くらいあったと思うんですよ、その途中から自分達でデジタルジャンキーズ(*自分が率いるダンスユニット)のT-shirtを作るようになっていって、そのデジタルジャンキーズのチームみんなで同じT-shirtを着てパーティーに遊びに行くワケですよ。そうすると今度はヨッ君(ヨッピー)がそれを見て「そういう洋服とか好きなんだ、自分達でT-shirtとか作ってるんだ。ノリ君面白いねぇ」みたいな感じに言ってくれて、「ハイそうです。(あっ!ヨッピーだ)」って(笑) キャラとしてヨッ君は、勿論知っていたんですけど、前にスケシン君と一緒にプエルトリコに行った時にラスベガスのトレードショウに寄ったんですね。そしたらそこにヨッ君が居て俺の事とか眼中無い感じで、「怖えーなこの人」みたいな。ヨッ君は覚えてないって言うんですけど・・・しばらくして何回かパーティーとかで会うようになって、ある時「デザインとかしたくてそういう仕事を探しているんですけど」って言ったら、ヨッ君が「じゃあうち(Hectic)でやってみれば?」って。そしたらヨッ君とアキームが最初にサポートに入ってくれて、「じゃあ新しいブランド一個始める? Hecticの中で」ってことになって、アキームが「“Roc Star”にしようよ」って考えてくれて、そこから3人でしばらくやっていたんです。そのうちに段々と僕が一人歩きして自分である程度コントロールする様になってきて、今はもう6年経つんですけど、最初はRoc Starがいきなり凄い売れたんですよ。原宿のシーンの中でHectic自体もガッて登り調子の時にRoc Starがポンって入って来たんで、キッズ達も面白がったっていうのもあって売れたんですけど、でも自分も初めて洋服っていうもので表現するので、物が全然良くないのが分かるんですよ。その時作っていた物って凄いチープだし、今思うとそれが面白かったのかもしれないんですけど、全然クオリティーが低いっていうか自分で・・・こう・・・しっかりした物が出来ていないのに、いきなり数字だけ上がって、びっくりしちゃって。でも、それが売れたから今ここに居れる部分もあるんですけど・・・。自分のクリエーションのクオリティーの低さと数字が伴ってないことも感じてたんです。やっぱり世間もそれに気づいてきて、段々Roc Starの売り上げも落ちていって、しばらく大変だったんですけど、平行してDJも凄い頑張ってやる様になっていって、色々なパーティでDJしつつ自分で作った"DARUMANIA"っていうMix CDとかをいろんな所であげたりしてたんです。で、ここ1年半ぐらいでエドバンガーとかあの辺が出て来た事によってエレクトロシーンていうのがスッゲー盛り上がって来てるんですよ。そのタイミングで、僕と相方DJ MAARでやってるDexPistolsっていうのが今のエレクトロのシーンの中で、Hip HopのバイブスとRockのバイブスを上手く混ぜながらDJをしてるっていうので、そことうまく引っかかって、DJとRoc Star自体が面白い感じになってきて、今に至っているんですけど。
i: ブランドを切り盛りしてきた6〜7年前と今ではずいぶん色々と変化したんでしょ?
n: 最初は、とにかく何年間か全部自分独りででやっていました。絵型を書いて業者と打ち合わせして、それからコンピュータでグラフィックを作ってそれを当て込んでいく作業とか、生地をいろんな業者からピックしてきてサンプルを作って、それで展示会の準備も全部自分でやってオーダー取って、それを今度エクセルに打ち込んでっていう作業を3〜4年やっていたんで、おかげでこの仕事の全部の流れが見れたので良かったと思ってます。今から2年くらい前(2005)からアシスタントがついてくれたんで、今は二人で協力してやっていってる感じなんですけど。流石に6年やっていると色んなことのバランスも取れるし、少し時間も経ったので、ちょっとずつ自信もでてきた部分はありますね。前よりは気は楽ですね。やっぱり自信がないのに数字が出てしまうっていうのは怖かったんですよね、正直。
i: 逆に自分でそういう所に気づきつつも、それがオッケーっていう人もいるワケでしょ? 数字さえとれればいいって・・・もしかしたら世間一般では、数字至上主義の人達が大半かもしれない。これはアキームも言ってたけど、みんなは、実際に本当の事を考えてやってる人達の方が最後には絶対残るって信じてやってるワケだし。で、ノリ君はそのRoc Starをやってる一方でDJ DarumaとDexPistolsっていうもう一つの側面を持ってるわけだけど、そういう自分のマルチ的な活動についてはどう思ってるの?
n: 凄くやりやすいです。頭の中の使っている部分は全く一緒で、音楽のネタを洋服にふってきたりする部分もあるし、吸収してる物はまったく一緒で、それをデザインで出すのか、音楽でだすのかっていうだけで、洋服とデザインと音楽は凄くリンクしてると思ってます。その二足のワラジ感が今っぽいのかなって所もありますし。
i: そういう意味から言うと洋服デザイナーの自分とDJとしての自分にとって、東京っていう街は面白い場所?
n: 東京は今、面白いと思います。それに海外の人から見た東京って今凄く面白く映るだろうなって思って・・・僕らは、アメリカだったりヨーロッパだったりを凄く美化してきたり崇めてきた青春時代を過ごしてきたんだけど、同時に東京ってやっぱり一歩遅れているっていうイメージはあったんですよ。だけど、知らないうちにヨーロッパの人達もアメリカの人達も「東京がヤバイっしょ」ってなってて、そしたら知らないうちに肩を並べてて、下手するともうカルチャー的な部分で言えば追い抜いてる可能性もあるというか、何か色々凄いミックスされてて面白いなっていう所があると思うんですよ。ただちょっとやっぱり弱いのは、音楽的な部分っていうのが正直あって、ファッション的な側面っていうのはアメリカもヨーロッパも今日本のストリートを見てる所が凄いあると思うんですけど、音楽は弱いなぁっていうところですね。例えばElectroとかでもヨーロッパで東京の奴等が作ったトラックが流れてるワケではないし、そこを俺たちの世代でちゃんとリンクしていけるようにしないとって思っているんです。
i: それは、例えばノリ君の下の若い子を引っ張り上げたりとか、アンダーグランドな今のシーンをもっとワールドワイドに排出していくような努力をし始めてるってこと?
n: 例えばパリのエドバンガーやインスティチューブス、それからオーストラリアのエレクトロ勢が来た時とか取り合えず接触を図ってみるんです。どういう奴等なのかを知りたいっていうのがあるから話してみると、全然俺達と同じ世代で、Hip Hopやハウスミュージックにどっぷりな青春時代を過ごしていて、入れてきたカルチャーとか音楽とかは一緒で、凄く近いものを感じるんです。で、ちょっと考えてみるとエドバンガーだったらダフトパンクの存在は凄い大きくて、ダフトチームがいたからその後に続いて行ける部分が凄いあると思うんですよ。でもオーストラリア勢は今まで全くないシーンを自分たちで切り開いて、しっかり世界とリンクし始めているんです。それは凄い心強い事で、東京も今までは東京から世界に向けての道筋があまりなかったと思うんですけど、だからこそ俺達の世代が海外の人達と、決してマネではなく「全然同じ事がスキなんだよ」っていうようなリンクをしていって制作だったりリミックスだったり、同じパーティーを共有したりして、どんどん絡んでいけたら次の世代に道を作ってあげていける気がするし、そうしていきたいですね。
i: 俺は今年40だけど、やっぱりそろそろ僕の周りの・・・スケシンもそうだしもうすでに40前後になっちゃってきてる人達がいわゆる今の原宿、まあ裏原って呼ばれてたブランドブームも含めてさ、凄く何か巨大な塔が出来ちゃってるワケじゃない? で、その下を見下ろした時に多分ノリ君世代のそういう壁をブレイクしてきた人達がどれだけいるかっていったら、なかなかね。塔が大きかったりメディアが作り上げた幻想が大きかったり、一つのパワーバランスの作用で生まれた弊害が故に、原宿から若い才能がなかなか出てこなかったっていうこともあったと思う。音楽の道筋が無かったって所で考えると、新しい世代が出てこないことには、次の新しいカルチャーが無いっていうかね。俺はどっちかっていったら原宿からみたらアウトサイダーだったから、この先原宿どうなるのかなぁって思ってた。結局下が育たないと次のカルチャーって育たないわけで、だから今のノリ君の話を聞いて凄いリアルだなぁって思う。
n: 下の世代が育ってきた時に自分もちゃんと面白い事をやっていれば、ちゃんと自分達を持ち上げてくれるハズなんですよ。「この人達に対するプロップスはちゃんとありますよ」っていうのを出してくれると思うから、下が育ってくることで自分がびびってキュウキュウになっていくのは絶対ヤバイと思うし、自分もしっかり何かを持って下の世代を連れてきてあげれば一緒にグイグイ行けるはず。それをしないで自分のポジションだけをキープしようって思ってしまうと全然シーンも活性化しないし、凄い不健康だなって思うんです。
i: でも今の自分の立ち位置からいうと、昔とは違う役割みたいなことが見えてきてる感じだね。
n: その方が盛り上がるし。自分達のパーティーとかやった時にラウンジを全員若い子とかに任せたりとか、面白そうな事やセンスの良い事をやっている子ならどんな事でも・・・たとえば「じゃあフライヤーでこの子のデザインを使おうか」ってなったりとか。若い子って何かきっかけがあれば良い方向に動いていけるから、そのきっかけになれればいいなって思っていて。僕がスケシン君やヨッ君に接触した事でチャンスを与えて貰ったように、僕もどんどんそういう事をしていきたいと思っています。
i: 面白いよね、そういう、Hecticがノリ君みたいな子を入れたっていうのが、Hecticらしさの一つだったかもしれないし、ヘックの面白さってそういうとこかなって。何かちょっとハイブリットって言ったら大げさだけど、Roc Starっていう顔を持ちつつ、Masterpieceっていう顔を持ちつつ、Hecticっていう顔を持ちつつ、いろんな事が同時進行してるブランドって、ちょっとまあ面白って言ったら面白いよね。
n: Roc Starに関しては「音楽!音楽!」って言い続けてきたことが、ちょっとは実になったのかなってところがあって・・・Masterpieceは勿論Reggaeがあったり、Hecticに関してはチャリンコやスケート、それからHip Hopっていうのを、あえて見せてない部分もあるんですけど、実は裏に凄い感じる事が出来たりとか、それぞれのブランドにとっての何かがあるじゃないですか。ただの洋服ブランドじゃないっていうのが今凄い大事なのかなって思うんですよ。例えば音楽でもいいし、僕の場合はそれがたまたまDJっていう音楽活動をしてて、それがRoc Starとリンクしてて、そこの部分で「面白い事をやってるな」って思ってくれてるっていうのもあるんで。だから逆にそれがないと・・・僕にもし音楽がなかったら洋服だけやっていくのは結構きついと思います。素材がうんぬんとかを永遠やってたら精神的に相当厳しいと思いますね、きっと。だけど僕の表現の仕方っていうのはそうじゃなくて、いろんな物を混ぜてやっていくのを見せてきたっていう所があると思うんです。洋服そのもの以外での側面の勝負というか・・・例えば、ApeだったりとかBBCとかってニゴーくんとファレルが表に立つ事によって、「うわぁ、ヤベー」ってなってる部分があると思うんですよ。デザインが面白いっていうのは勿論あるんすけど、それプラス世の中の対するああいう見せ方って凄い今は大事なのかなっていう。
i: Apeだったらああいう風には見えてるけど、でもちゃんと裏にはスケシンとマンキーっていうしっかりしたアートディレクターがいて、そこのグラフィック面をきちんとサポートしてるからこそ、あれが出来てるし外から見られた時に強いモノを持っているように見えてる。裏付けがあるものは強いっていうかね。
n: やっぱり僕の中でのキーワードはスケシン君なんですよね(笑) あの人がいなかったらココにいないです。あの人がホント、ダンスフロアーで「おい」って声かけてくれたのが本当に全ての始まりだと思っていて、じゃなかったら何をやっていたのかマジ怖いです(笑)
i: スケシンはいろんな人のそういう所に関わっているよね。ターニングポイントじゃないけど、ホントに不思議とそういう存在だよね、あの人って。すごく貴重な存在でしょ、原宿にとって。
n: なんか体現してくれてたんですよね。いわゆるそのビッグビートに出会った事によってHip Hopを軸に色んな物を取り入れるっていう事を漠然とは分かっているんだけど、どうやってやっていいのか分からない所に、突然スケシン君が出て来て、「この人Hip HopもPunkも全部入れてる!ヤベー!」って(笑)
i: でも、Apeのグラフィックもやってる、みたいな。
n: それでまたびっくりしちゃって、「こういう事か!」みたいな。
i: クリエイティブの方法論って逆に言うとあるよね、スケシンが変な・・・変っていうかオリジナルなフォーマットっていうのを作ってる所はあるよねやっぱり。それを今やファレルが着てる、みたいな。
n: ホントそうですよ。アメリカのメインストリームでスケシン君のグラフィックが表に出てるって、スゲー面白いなって。でも本人は、それが「まったく予想がつかない方向に進んでいる」って言ってましたけどね(笑)
i: 今もシンちゃんとは仲がいいの?
n: そうですね、二ヶ月に一回くらい遊びに来てくれて、必ず「最近どんな感じ?」って。あと最近よくパーティーでまたリンクするようになってきて、同じパーティーでDJしたりとか、一時期ちょっと離れちゃったんですけど、でもまぁ、それはそれなのかなっていう。要は最初の方にあの人にヤラレ過ぎちゃって、もうあの人になろうとしてしまった部分があって、凄く影響を受けすぎちゃって・・・実際にあの人はそれを見て一緒に遊ぶ事に面白味を感じなくなってしまったと思うんですね。「そうじゃないだろう」みたいな。「スタイルウォーズなのに、俺になってどうする?」って・・・直接言われたワケじゃないですけど、そういう事だろうなって思って・・・とにかくあんまり近くにいすぎるとクラっちゃうんで(笑)
i: 確かにね、凄い毒っていうか中毒性の何かを持っているよね、凄い強烈な。
n: そうそうそうそう。で、ある程度そこから時間が経って自分っていうのをしっかり確立していった事によって今は、もの凄くいい影響を受けるんですけど、まるまるそれをもらう事は無くなったんでちょっと安心して会えるんです(笑)、前はもう会ってしまうとスケシン君が言ってる事が100%になっちゃう部分があって、それは良くないのは分かるんですよ凄く。でもヤバいですね、あの影響力は。
i: 自分でも言ってたけど、自分を確立したって意識できたことは大きいよね。
n: だからしばらくは音楽も洋服もしっかりやりながらこのまま二本でやっていければなぁと思ってます。勿論時間が許せば追加でアウトプットを増やしていきたいとも考えています。あとはRoc Starのお客さんの層をもう少し広げたくて・・・パーティーに来る人達っていうのは別に原宿に来てない人達がいっぱいいるので、その人達にT-shirt一枚でもいいから手に取って貰えるようにしていきたいです。あと音楽面では自分たちでレーベルを創ったんでそちらも力を入れていこうと思ってます。レコードはコストがハンパないんで、CDとデータでちょっとずつやりながら海外の友達になれた人達と一緒にリミックスの作業とかをお互いにやりながらやっていって、ゆくゆくは若いバンドとかプロデュースして日本のメジャーシーンに送り込みたいところもあるんですけどね。
i: それも一歩一歩だね。
n: そうですね、だから一個一個やっていって、到達点はまだまだ見えないんですけど・・・大きなパーティーとかでDJしつつ。今年(2007年)は取り合えず現実的な目標の第一段階にしていたFuji Rockが決まったり、全然違う畑の青山ラブレスでRoc Starの取り扱いが始まったり、それで一歩前に進めたかなと思っています。
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